「ガラスに着いた針の跡をよく見て下さい。 丸く円を描いているのではなくて、半円より少々欠けた跡になっていますよね?」
私は続けた。
「この時計の分針の先は、ある時間帯高く持ち上がり、その反対側では文字盤の高さ近くまで下がる。
いや、文字盤を良くみると、既に文字盤にも一部針の先が擦った跡があります。
分針は1時間に一周する大きな歯車の軸の先端に取り付けられているのですが、、、この時計の場合、分針が水平に回っていないのは、その歯車自体がが傾いて回っているからなんですね。」
「歯車が傾いているのはどうしてなんですか?」
有り難いことに、、、どうやら少なくとも、ここまでの説明には納得いただけた様子だった。
しかし安心は出来ない。
ここからが 「正念場」 なのだ。
「歯車が傾いているのは 「歯車の軸とその軸を受けている穴」 が摩耗して、ガタガタとアソビが大きくなっているからです。
機械式時計は定期的な整備が不可欠なものですから、整備をしないまま動かすと、必ずこうして部品が摩耗するわけですね。」
するとすかさず 「誤解されては困る」、といった風に、その方は言った。
「私がこの時計をネットオークションで落札したのはつい最近のことなんですが、、、そうすると、以前のオーナーがあまり大切にしていなかった、ということですか、、。」
「まあそういうことになりますね。 但し、製造されてから100年から経つアンティーク時計の場合、多かれ少なかれ何だかしらの不具合はあるもんですから、この時計が特別に傷んでいる、という訳ではありません。」
これは、間違いの無い事実だ。
アンティークの時計を 「実用」 しようと思ったら、、、こういった長年の疲れ、傷みは全て手当てしてやってから、でないといけない。
取り敢えず、などという半端なことをして使えば、、、大切な時計を、わざわざ壊すことになるのだ。
私の 「悪い予感」 はいつも良く当たるし、この日もそうだった。
「残念ながら、そこまでして直すほどの思い入れはないから、、、これはヤフーオークション行きかなー、、。」
その方はそう言い残して、時計を持ち帰った。
「新しい持ち主」 によって、その時計が再び 「修理見積もり」 に持ち込まれる日は、そう遠くないだろう。
私は、そう予想した。
事実、そういうことは、今まで数え切れないほどあったのだ。
どのくらい前のことかは分からない。
ある日、時計の針がガラスに当たり始めて、不調が出た。
持ち主は、時計屋に時計を持って行く。
しかし修理を受けた時計屋は 「機械の不具合」 を直さずに、、、ガラスを交換してしまった。
これには持ち主の予算的な都合で 「やむを得ず」 というところがあったかもしれないから、、、時計屋だけの責任とも言えないが、、。
蓋に当たってしまうガラスでも、、、蓋に摩耗が無かったその頃は、無理矢理でも蓋は閉まっていたのだろう。
しかしやがて蓋の縁は擦り切れ、、、ある日、いよいよ閉まらなくなる。
もしかすると、これはごく最近のことかもしれない、、。
作業台に戻った私は、しばらくそんな風に想像してみたが、、、じきに、やり掛けだった時計の修理に夢中になっていった。
(終わり)
私は続けた。
「この時計の分針の先は、ある時間帯高く持ち上がり、その反対側では文字盤の高さ近くまで下がる。
いや、文字盤を良くみると、既に文字盤にも一部針の先が擦った跡があります。
分針は1時間に一周する大きな歯車の軸の先端に取り付けられているのですが、、、この時計の場合、分針が水平に回っていないのは、その歯車自体がが傾いて回っているからなんですね。」
「歯車が傾いているのはどうしてなんですか?」
有り難いことに、、、どうやら少なくとも、ここまでの説明には納得いただけた様子だった。
しかし安心は出来ない。
ここからが 「正念場」 なのだ。
「歯車が傾いているのは 「歯車の軸とその軸を受けている穴」 が摩耗して、ガタガタとアソビが大きくなっているからです。
機械式時計は定期的な整備が不可欠なものですから、整備をしないまま動かすと、必ずこうして部品が摩耗するわけですね。」
するとすかさず 「誤解されては困る」、といった風に、その方は言った。
「私がこの時計をネットオークションで落札したのはつい最近のことなんですが、、、そうすると、以前のオーナーがあまり大切にしていなかった、ということですか、、。」
「まあそういうことになりますね。 但し、製造されてから100年から経つアンティーク時計の場合、多かれ少なかれ何だかしらの不具合はあるもんですから、この時計が特別に傷んでいる、という訳ではありません。」
これは、間違いの無い事実だ。
アンティークの時計を 「実用」 しようと思ったら、、、こういった長年の疲れ、傷みは全て手当てしてやってから、でないといけない。
取り敢えず、などという半端なことをして使えば、、、大切な時計を、わざわざ壊すことになるのだ。
私の 「悪い予感」 はいつも良く当たるし、この日もそうだった。
「残念ながら、そこまでして直すほどの思い入れはないから、、、これはヤフーオークション行きかなー、、。」
その方はそう言い残して、時計を持ち帰った。
「新しい持ち主」 によって、その時計が再び 「修理見積もり」 に持ち込まれる日は、そう遠くないだろう。
私は、そう予想した。
事実、そういうことは、今まで数え切れないほどあったのだ。
どのくらい前のことかは分からない。
ある日、時計の針がガラスに当たり始めて、不調が出た。
持ち主は、時計屋に時計を持って行く。
しかし修理を受けた時計屋は 「機械の不具合」 を直さずに、、、ガラスを交換してしまった。
これには持ち主の予算的な都合で 「やむを得ず」 というところがあったかもしれないから、、、時計屋だけの責任とも言えないが、、。
蓋に当たってしまうガラスでも、、、蓋に摩耗が無かったその頃は、無理矢理でも蓋は閉まっていたのだろう。
しかしやがて蓋の縁は擦り切れ、、、ある日、いよいよ閉まらなくなる。
もしかすると、これはごく最近のことかもしれない、、。
作業台に戻った私は、しばらくそんな風に想像してみたが、、、じきに、やり掛けだった時計の修理に夢中になっていった。
(終わり)