Masa’s Pastime

2013年02月17日

「春の憂鬱」 その3

「これはいくらだ?」



「いくらでもいいよ。 もう朝のうちに殆ど売り切っちゃった残りだから」



時折、新たに入ってきたメンバー相手にやる気のない商談をしながら、、、彼と私は話しを続けていた。




大量の懐中時計を売り捌いたその彼は当時30前だった私よりまだ若く、二十代の半ばくらいか。




小柄で痩身、おおよそアメリカ人らしくないタイプで、、、風邪でも引いているのか、ひっきりなしに洟をかんでいる。





話しによると 「ダンボール詰めの時計」 の大半は亡くなった父親の遺品だが、、、引っ越しの資金が必要になったため、緊急に現金化することになったのだと言う。




父親の影響で 「古時計の会」 に登録してはいるものの、、、どうやら彼自身はあまり時計に詳しくないようだ。




いくら緊急に資金が必要な場面であったとは言え、、、彼の 「値付け」 がかなりトンチンカンだったのが頷けた。






「ズズズッ、チーン」




相変わらず、彼はしきりに洟をかんでいる。




「引っ越すって、一体どこに引っ越すの?」



私がそう訊くと、、、彼はやはりアメリカ人らしからぬ小さな声で、ボソボソと話し続けた。




「東海岸に行くんだ。 もう西海岸はこりごりだから。」




同じアメリカでも、ロサンゼルスのある西海岸から東海岸までは、約5000キロ離れている。



なんでわざわざそんなに遠くに?という私の疑問を見透かしたように、彼は言った。



「Hay fever(花粉症)なんだ。 ここじゃあ一年中咲いてる花の花粉のアレルギーで、鬱陶しくて堪らない。 あんまりひどいから、思い切ってこいつの咲かないところに行くことにしたんだよ」



なるほど、、、彼が頻繁に洟をかんでいたのは風邪ではなくて 「花粉症」 だったのだ。





あの後、私も 「花粉症」 になった。



毎年この時期になると、何処かに逃げ出したくなる。



そしてその度に、、、東海岸のどこかで暮らしているであろう 「彼」 を想い出すのだ。





(終わり)


posted by Masa’s Pastime at 19:21 | Comment(0) | 新着情報
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