先日、こんなお客様がいらっしゃった。
「最高の時計が欲しい。 これ一つあれば他はもういらない、という時計を奨めて欲しい。」
実は同じような要望は、過去にも何人かの方からいただいた。
しかし私はその度に 「残念ながら、そういう時計はございません」 とお断りしている。
何故か?
アンティークウオッチはそれなりに高価なものだから、どうせ買うなら 「あーっ、もっといいのを買っておけば良かったな」 と後悔したくない、ということなのだろう。
この気持ちは、実に良く分かる。
散々考えた挙句に 「よし、これだ!」 と大枚をはたいて時計を入手したら、、、その後、もっと魅力的な時計(魅力的に見える時計?)が店頭に並んだら?
「失敗した、、、こっちにしておけば良かったなー。」 と、そう思いたくないという訳だ。
でも、ちょっと待って欲しい。
「解決不能な決定的不具合のある時計」 または 「偽物」 「コピー品」 等を購入してしまった場合なら、、、、「失敗した」 も仕方ない。
しかし、これはきちんとした専門店で時計を購入すればまずは問題のないことだし、、、少なくともうちにいらっしゃって、そういう心配をなさる方はいないと思う。
でも手に入れた時計が 「最高の時計」 「これ一つあれば他の時計はいらないという時計」 でなかった、ということで 「失敗した」 はどうだろう?
そもそもそんな時計は、現実に存在しない。
何故なら、如何に素晴らしい時計でも、、、ある部分では必ず 「ない」 部分があるから。
例えばここに、天文台コンクールに出品され、金メダルを獲ったパテックフィリップの 「エクストラ」 が新品同様の状態で入荷したとしよう。
これは言うまでもなく 「アンクル式の高精度型時計で」 という条件にてらせば、間違いなく最高レベルのものの一つだ。
しかし、、、しかしである。
幸運にもそんな時計を手にした方ならこれ一つで満足し、これで 「上がり」 となるかというと、、、残念ながら、そうはならない。
何故ならその時計には、「ミニッツリピーター」 も 「パーぺチュアルカレンダー」 も付いていないし、、、ケースに 「美しいモチーフのエナメル画」 も無ければ、 18世紀の時計のような 「美術工芸品としての佇まい」 もないから。
「アー、いい音で鳴るなー、、、ミニッツリピーターもいいなぁ」 「綺麗なエナメル絵だなー。 こういうのもいいなぁ」 とか、「やっぱり時代の古い手作りの時計はちがうなぁー。 精度が悪いって言っても、精度なんかどっちにしても電波時計には勝てないしなー」
結局、こういうことになりがち。
つまり 「万能なアンティークウォッチ」 「万能な時計」 というものは存在せず、、、一つ一つの時計に、それぞれ別個の良さがあるということ。
この点は 「全てにおいて秀でた人間」 が存在しないのと全く同じことで、、、一つの時計に全てを求めるのは間違いなのだ。
こんなことを言うと 「店に都合のいいことばかり言って!」 と思われるかもしれないが、、、そうではない。
数ある中から縁あって手にした時計を、大事に思って欲しいのだ。
何事にも、「後ろ向き」 は良くない。
「もしかしたら、もっといいのがあったんじゃないか?」 という、発想。
確かに理屈で考えれば、、、手にした時計が全てにおいて世界で最高、などということは有り得ないだろう。
しかし、そんなことをいつも思っていたら、キリがない。
奇跡的に 「最高の時計」 を手にしたところで、それがそうなのだと知る術はない訳だし。
結局、いつまでたっても満たされた気持ちになれる訳がないのだ。
マリリンモンローみたいに色気があって、吉永小百合のように清廉で、キューリー夫人のような頭脳を持ち、、。
そんな女性が存在しないしないことは、百も承知。
うちのカミさんなど、、、どれにもカスってすらいないが、、、しかしこれは 「お互い様」 だから、仕方ない。
完全に話しがズレてきたが、、。
一人に全てを求めてもそれは無理、と言っても、アラブの王様ならいざ知らず、、、カミさんの数をどんどん増やす訳にはいかない。
しかし時計なら、、、それが出来るのだ。
、、と、やっぱり 「時計屋に都合のいい話」 になっちゃったようなので、今日はこの辺で。
皆さんまた来週お会いしましょう!!
「最高の時計が欲しい。 これ一つあれば他はもういらない、という時計を奨めて欲しい。」
実は同じような要望は、過去にも何人かの方からいただいた。
しかし私はその度に 「残念ながら、そういう時計はございません」 とお断りしている。
何故か?
アンティークウオッチはそれなりに高価なものだから、どうせ買うなら 「あーっ、もっといいのを買っておけば良かったな」 と後悔したくない、ということなのだろう。
この気持ちは、実に良く分かる。
散々考えた挙句に 「よし、これだ!」 と大枚をはたいて時計を入手したら、、、その後、もっと魅力的な時計(魅力的に見える時計?)が店頭に並んだら?
「失敗した、、、こっちにしておけば良かったなー。」 と、そう思いたくないという訳だ。
でも、ちょっと待って欲しい。
「解決不能な決定的不具合のある時計」 または 「偽物」 「コピー品」 等を購入してしまった場合なら、、、、「失敗した」 も仕方ない。
しかし、これはきちんとした専門店で時計を購入すればまずは問題のないことだし、、、少なくともうちにいらっしゃって、そういう心配をなさる方はいないと思う。
でも手に入れた時計が 「最高の時計」 「これ一つあれば他の時計はいらないという時計」 でなかった、ということで 「失敗した」 はどうだろう?
そもそもそんな時計は、現実に存在しない。
何故なら、如何に素晴らしい時計でも、、、ある部分では必ず 「ない」 部分があるから。
例えばここに、天文台コンクールに出品され、金メダルを獲ったパテックフィリップの 「エクストラ」 が新品同様の状態で入荷したとしよう。
これは言うまでもなく 「アンクル式の高精度型時計で」 という条件にてらせば、間違いなく最高レベルのものの一つだ。
しかし、、、しかしである。
幸運にもそんな時計を手にした方ならこれ一つで満足し、これで 「上がり」 となるかというと、、、残念ながら、そうはならない。
何故ならその時計には、「ミニッツリピーター」 も 「パーぺチュアルカレンダー」 も付いていないし、、、ケースに 「美しいモチーフのエナメル画」 も無ければ、 18世紀の時計のような 「美術工芸品としての佇まい」 もないから。
「アー、いい音で鳴るなー、、、ミニッツリピーターもいいなぁ」 「綺麗なエナメル絵だなー。 こういうのもいいなぁ」 とか、「やっぱり時代の古い手作りの時計はちがうなぁー。 精度が悪いって言っても、精度なんかどっちにしても電波時計には勝てないしなー」
結局、こういうことになりがち。
つまり 「万能なアンティークウォッチ」 「万能な時計」 というものは存在せず、、、一つ一つの時計に、それぞれ別個の良さがあるということ。
この点は 「全てにおいて秀でた人間」 が存在しないのと全く同じことで、、、一つの時計に全てを求めるのは間違いなのだ。
こんなことを言うと 「店に都合のいいことばかり言って!」 と思われるかもしれないが、、、そうではない。
数ある中から縁あって手にした時計を、大事に思って欲しいのだ。
何事にも、「後ろ向き」 は良くない。
「もしかしたら、もっといいのがあったんじゃないか?」 という、発想。
確かに理屈で考えれば、、、手にした時計が全てにおいて世界で最高、などということは有り得ないだろう。
しかし、そんなことをいつも思っていたら、キリがない。
奇跡的に 「最高の時計」 を手にしたところで、それがそうなのだと知る術はない訳だし。
結局、いつまでたっても満たされた気持ちになれる訳がないのだ。
マリリンモンローみたいに色気があって、吉永小百合のように清廉で、キューリー夫人のような頭脳を持ち、、。
そんな女性が存在しないしないことは、百も承知。
うちのカミさんなど、、、どれにもカスってすらいないが、、、しかしこれは 「お互い様」 だから、仕方ない。
完全に話しがズレてきたが、、。
一人に全てを求めてもそれは無理、と言っても、アラブの王様ならいざ知らず、、、カミさんの数をどんどん増やす訳にはいかない。
しかし時計なら、、、それが出来るのだ。
、、と、やっぱり 「時計屋に都合のいい話」 になっちゃったようなので、今日はこの辺で。
皆さんまた来週お会いしましょう!!