先日の夜、人におしえられた 「あるバー」 に行ってみた。
その店のことは、別の店のマスターから聞いて以来しばらく忘れていたのだが、、、私的にうんざりするようなことがあったその日、何となく想い出して行ってみる気になったのだ。
店は空いていた。
カーブのついたL字型のカウンターに、お客は私を含めて4人。
カウンターの中には、70絡みのマスターが一人。
お客の邪魔にならないよう振る舞いながら、時折常連らしきお客にさりげなく話し掛けたりしている。
独りの私はしばらく大人しく呑んでいたが、、、そのうち近くにいた同年代くらいの人が、それとはなしに話し掛けてきた。
話し始めは 「今年のイチローはダメだ」 とか 「尖閣諸島には早く船溜まりを作るべきだ」 だのといった他愛のない話しが主体。
どちらかというと、その人(Aさん)が主導して話しは続いた。
始めのうち、あまり話しをする元気がなかった私はもっぱら聞き役に回り、「うんうん」 とか 「そうだねー」 などと頷いたりしていたが、、、しかしやがて酔いが深まりはじめると、少しずつ 「いつもの感じ」 が復活。
Aさんが、もっぱら陽気な人だったのも有り難かった。
そのうちAさんの話しは、仕事やプライベートのことに及んだ。
都内で美容室を経営するAさんは、ひとしきり自身の仕事や日常のことを話しながら時折 「アハハハ」 などと楽しそうに呑んでいたが、仕事を聞かれた私が 「骨董時計の仕事、、」 と言った瞬間、急に顔が曇り、、、「骨董集めは最近辞めちまったんだ、、。」 とポツリ。
酔っ払い同士の話しは、どうしても長くなる。
しかし大まかに端折ると、、、、Aさんが 「骨董集め」 を辞めたのはこんな経緯だった。
骨董品集めを趣味にしてたAさんは、ある大きな骨董祭に行った。
骨董祭には何年も通っているから、顔馴染みの業者がいる。
そんな中でも一番付き合いの長いある業者の店で、大きな 「象牙の置物」 を見つけたAさん。
結構な値段がするが、、、「温厚で実直」 な店主とは長年の付き合いがある。
その店主が 「これはいいですよ」 と推すのだから、品物に間違いはない。
心の中ではもう購入することしか考えていなかったが、店主にはじきに戻る旨を伝えて一旦その場を離れ、、、頭の中で 「金の算段」 をしながら会場を歩き回ったAさん。
歩き回るうち、別の馴染みの店主に会った。
その店で 「トンボ玉」 を購入しつつ世話話しをしているところに、、、用足しにでも行くのか 「象牙」 の店主が通り掛った。
しかし 「また後で」 と去ってゆく象牙の店主に手を上げたAさんに、、、 「トンボ玉」 の主人はこう聞いたという。
「あの象牙の置物は張りぼてですけど、、、それは知ってますよね?」
この業界は狭い。
しかも、同じ会場内にある品物は、荷物の 「搬入」 時など一般客が入る前の段階で業者同士あらかた目を通しているし、、、、特に目立った商品は皆良く分っているのだ。
「トンボ玉」 の店主の言う 「張りぼて」 とは、、、一本物の象牙の中がくり抜いてある、外側は象牙だが、中には樹脂等が詰め込まれているもの、という意味のようだ。
つまり同じ一本の象牙でも、、、芯まで無垢の象牙とは違う訳だ。
驚いたAさん。
半信半疑ながら、後ほど再び象牙の店主の所に戻り、、、改めて品物を見てみた。
そう言われてみれば、象牙をばっさり切った根元の断面に 「外殻の象牙」 と 「中の詰め物」 の境目が輪っかのように見えなくもないが、、、如何せん、素人の目にはハッキリしない。
「これは中に何か詰めてあるのかねえ?」
トンボ玉の主人との間で 「業者同士のいざこざ」 になってはまずい。
そんな風に気遣いつつ、、、いかにも 「自分で見ていてたまたま不思議に思った」 様子を装い、Aさんはそう聞いたのだ。
それを聞いた象牙の店主は、、ちょっと気まずそうに、しかしハッキリとこう言ったという。
「象牙と言ったってて無垢の象牙じゃないですよ。 私はそういうことは一言も申し上げておりませんよね? 」
がっかりしたAさんはその置物の購入を見合わせて早々に引き上げ、、、以来2度と骨董祭には行かなくなったと言う。
話し終えたAさんは、水割りを呷りながらこう続けた。
「そりゃ、中まで間違いなく無垢の象牙だ、とは言わなかったよ。 だから嘘は付いてないって訳だ。
これが昨日今日の付き合いならまだしも、何年も、時には家族ぐるみで食事したりして付き合ってきた相手だけに、ホントガックリきちゃってね、、。」
「、、、、、。」
「象牙だ、って言われたら、素人の俺は当然無垢の象牙だと思い込む。 そして、相手は俺がそう信じていることを充分に知ってる訳だよ。 嘘ではないけど、知ってて黙ってる。 どっちもどっちだよな」
聞いているようないないような素振りだったマスターが、、、私のお替りを出しながら、ここで一言。
「私は嘘を付く方が、まだマシだと思います。」
「そうかい?」 とAさん。
私は全く同感だったが、、、敢えて黙っていた。
マスターは続けた。
「嘘を付くのは、勿論悪い。 特に自分を信用しきっている相手には。
でも信頼されていると分っている相手に嘘を付くには、少なくともそれなりの覚悟がいると思うんです。
もし万が一嘘が発覚したら、自分は相当な非難を受けることになる。 そのリスクを背負う覚悟があって、嘘を付いている。
勿論、世の中にはそんなこと何とも思わないような奴が一杯いますけど、これは別次元の話し、。
一方で、相手が 「事実を知らない」 もしくは 「自分にとって都合のいい誤解」 をしていることが分りきっていて、、、、敢えて黙っている人。
これは、万が一相手が真実を知った場合に、ちゃんと自分の逃げ場を作っている。
つまり 「聞かれなかったから」 とか 「自分では一言も言っていない」 もっと言えば 「アンタが勝手にそう思ってただけだ」 って風にね。
同じ相手を 「騙す」 にあたり、一方はリスクを背負って、もう一方は自分だけを護っている。
だからその手の人間は、嘘を付く人間よりも 「ずる賢い」 「 「性質が悪い」 と思うんです。」
「そうだそうだー、、うん、そーだー」
Aさんはほとんど酔いつぶれていた。
ささくれだっていた気持ちが少しばかり滑らかになった私は、、、いい店教えてもらったなー、とぼんやり思っていた。
その店のことは、別の店のマスターから聞いて以来しばらく忘れていたのだが、、、私的にうんざりするようなことがあったその日、何となく想い出して行ってみる気になったのだ。
店は空いていた。
カーブのついたL字型のカウンターに、お客は私を含めて4人。
カウンターの中には、70絡みのマスターが一人。
お客の邪魔にならないよう振る舞いながら、時折常連らしきお客にさりげなく話し掛けたりしている。
独りの私はしばらく大人しく呑んでいたが、、、そのうち近くにいた同年代くらいの人が、それとはなしに話し掛けてきた。
話し始めは 「今年のイチローはダメだ」 とか 「尖閣諸島には早く船溜まりを作るべきだ」 だのといった他愛のない話しが主体。
どちらかというと、その人(Aさん)が主導して話しは続いた。
始めのうち、あまり話しをする元気がなかった私はもっぱら聞き役に回り、「うんうん」 とか 「そうだねー」 などと頷いたりしていたが、、、しかしやがて酔いが深まりはじめると、少しずつ 「いつもの感じ」 が復活。
Aさんが、もっぱら陽気な人だったのも有り難かった。
そのうちAさんの話しは、仕事やプライベートのことに及んだ。
都内で美容室を経営するAさんは、ひとしきり自身の仕事や日常のことを話しながら時折 「アハハハ」 などと楽しそうに呑んでいたが、仕事を聞かれた私が 「骨董時計の仕事、、」 と言った瞬間、急に顔が曇り、、、「骨董集めは最近辞めちまったんだ、、。」 とポツリ。
酔っ払い同士の話しは、どうしても長くなる。
しかし大まかに端折ると、、、、Aさんが 「骨董集め」 を辞めたのはこんな経緯だった。
骨董品集めを趣味にしてたAさんは、ある大きな骨董祭に行った。
骨董祭には何年も通っているから、顔馴染みの業者がいる。
そんな中でも一番付き合いの長いある業者の店で、大きな 「象牙の置物」 を見つけたAさん。
結構な値段がするが、、、「温厚で実直」 な店主とは長年の付き合いがある。
その店主が 「これはいいですよ」 と推すのだから、品物に間違いはない。
心の中ではもう購入することしか考えていなかったが、店主にはじきに戻る旨を伝えて一旦その場を離れ、、、頭の中で 「金の算段」 をしながら会場を歩き回ったAさん。
歩き回るうち、別の馴染みの店主に会った。
その店で 「トンボ玉」 を購入しつつ世話話しをしているところに、、、用足しにでも行くのか 「象牙」 の店主が通り掛った。
しかし 「また後で」 と去ってゆく象牙の店主に手を上げたAさんに、、、 「トンボ玉」 の主人はこう聞いたという。
「あの象牙の置物は張りぼてですけど、、、それは知ってますよね?」
この業界は狭い。
しかも、同じ会場内にある品物は、荷物の 「搬入」 時など一般客が入る前の段階で業者同士あらかた目を通しているし、、、、特に目立った商品は皆良く分っているのだ。
「トンボ玉」 の店主の言う 「張りぼて」 とは、、、一本物の象牙の中がくり抜いてある、外側は象牙だが、中には樹脂等が詰め込まれているもの、という意味のようだ。
つまり同じ一本の象牙でも、、、芯まで無垢の象牙とは違う訳だ。
驚いたAさん。
半信半疑ながら、後ほど再び象牙の店主の所に戻り、、、改めて品物を見てみた。
そう言われてみれば、象牙をばっさり切った根元の断面に 「外殻の象牙」 と 「中の詰め物」 の境目が輪っかのように見えなくもないが、、、如何せん、素人の目にはハッキリしない。
「これは中に何か詰めてあるのかねえ?」
トンボ玉の主人との間で 「業者同士のいざこざ」 になってはまずい。
そんな風に気遣いつつ、、、いかにも 「自分で見ていてたまたま不思議に思った」 様子を装い、Aさんはそう聞いたのだ。
それを聞いた象牙の店主は、、ちょっと気まずそうに、しかしハッキリとこう言ったという。
「象牙と言ったってて無垢の象牙じゃないですよ。 私はそういうことは一言も申し上げておりませんよね? 」
がっかりしたAさんはその置物の購入を見合わせて早々に引き上げ、、、以来2度と骨董祭には行かなくなったと言う。
話し終えたAさんは、水割りを呷りながらこう続けた。
「そりゃ、中まで間違いなく無垢の象牙だ、とは言わなかったよ。 だから嘘は付いてないって訳だ。
これが昨日今日の付き合いならまだしも、何年も、時には家族ぐるみで食事したりして付き合ってきた相手だけに、ホントガックリきちゃってね、、。」
「、、、、、。」
「象牙だ、って言われたら、素人の俺は当然無垢の象牙だと思い込む。 そして、相手は俺がそう信じていることを充分に知ってる訳だよ。 嘘ではないけど、知ってて黙ってる。 どっちもどっちだよな」
聞いているようないないような素振りだったマスターが、、、私のお替りを出しながら、ここで一言。
「私は嘘を付く方が、まだマシだと思います。」
「そうかい?」 とAさん。
私は全く同感だったが、、、敢えて黙っていた。
マスターは続けた。
「嘘を付くのは、勿論悪い。 特に自分を信用しきっている相手には。
でも信頼されていると分っている相手に嘘を付くには、少なくともそれなりの覚悟がいると思うんです。
もし万が一嘘が発覚したら、自分は相当な非難を受けることになる。 そのリスクを背負う覚悟があって、嘘を付いている。
勿論、世の中にはそんなこと何とも思わないような奴が一杯いますけど、これは別次元の話し、。
一方で、相手が 「事実を知らない」 もしくは 「自分にとって都合のいい誤解」 をしていることが分りきっていて、、、、敢えて黙っている人。
これは、万が一相手が真実を知った場合に、ちゃんと自分の逃げ場を作っている。
つまり 「聞かれなかったから」 とか 「自分では一言も言っていない」 もっと言えば 「アンタが勝手にそう思ってただけだ」 って風にね。
同じ相手を 「騙す」 にあたり、一方はリスクを背負って、もう一方は自分だけを護っている。
だからその手の人間は、嘘を付く人間よりも 「ずる賢い」 「 「性質が悪い」 と思うんです。」
「そうだそうだー、、うん、そーだー」
Aさんはほとんど酔いつぶれていた。
ささくれだっていた気持ちが少しばかり滑らかになった私は、、、いい店教えてもらったなー、とぼんやり思っていた。