Masa’s Pastime

2012年07月29日

「あるミュージシャン」 その3

その夜、ベイクドポテトに到着した私は、、、ちょっと見慣れない風景を目にした。




いつもなら普通にドアを開けて、そのまま店内に入る。



しかしこの日は、ドアの前に何人もの客が並んでいた。



近づくとブロンドの美女が立っていて、「$20お願いします。 今夜はゲストが出演しますから。」  とテーブルチャージを集めている。






「えーっ、そうなんだ?!」



レギュラーバンドが出演しないことを知った私は、、、完全にあてが外れてしまった。




彼らの音楽を聴きたくて、30分もポンコツを飛ばしてきたのに、、、。





「仕方ない。 じゃ、また来るよ」




そう言って踵を返し、駐車場に向かいかけたところ、、、背後から 「アナタ、きっと後悔するわよ!」 と美女の声。




振り返った私に 「今夜のゲストはちょっと大物なんだから、、。」 と悪戯っぽく微笑んでいる。




そして、そこから先の彼女の話しを聞いた私は、思わず$20を手渡し、、、夢遊病者のようにフラフラと店内に入ったのだった。





結局、その夜の私は 「ついていた」 のだろう。




何しろ、お気に入りのバンドがいなくてガッカリしたら、、、ゲストのミュージジャンは、高校生の頃に心酔しまくった 「ラリーカールトン」 だと言うのだ!



しかも双眼鏡持ってこなければ見えないような、大ホールでのコンサートではない。




演奏者の汗が掛かかってしまうような、スタジオのように小さな店でのライブで。



そして、あろうことか店内に戻ったブロンドの美女が私をが案内したのは、、、、最前列のテーブルだったのだ。





初めて真近に見る 「ラリー カールトン」 は、落ち着いた大人だった。



それもそのはず、、。



ニキビ面の私が彼のレコードを聴いていた頃からは、、、10年近くの時間が経っていたのだから。



そしてその違いは、、彼自身も自覚するものだったのだ。




「かつての私は、こんな風だったよね」



彼はそう言いながら、 まず 「若かりし頃」 のハイテンポなメロディを大袈裟に弾いてみせ、、、皆を笑わせた。



確かに、、、それこそが、私の知る 「ラリー カールトン」 だったのだ。




しかし、その後本格的な演奏に入ると、、、彼の音楽は大きく違っているのが分った。



一瞬私は、イメージの違いに戸惑ったが、時間の経過と共に、抵抗がなくなる。



いや、抵抗がなくなる、というより、、、彼の円熟した技術、無理のないスタイルに、その時の私は、何か安心感のようなものを感じたと言うべきか?




演奏後の彼は店内のバーのお客となり、立ったままビールを飲み出した。



誰彼構わず、皆と気さくに話しをしている。



演奏中、私が真ん前にいたせいか?、、それともその晩、「東洋人」 のお客が少なかったせいか?、、、彼は私にこう話しかけてきた。



「どうだった? 今夜は楽しんでもらえたかな?」



私は緊張しつつも、その夜のライブが最高であったこと、昔の彼も、今の彼も両方素晴らしいと思うことなどを話したが、、、その夜の彼のライブが、私にとって 「偶然」 だったことだけは内緒しておいた。



そして、礼を言いながら私が手を指し出すと、、、彼は満面の笑顔で、握り返してくれたのだ。





あの日からすると、25年後の未来。



YouTube では、、、若かりし頃の彼と、今現在の初老の彼、両方の 「ラリーさん」 がギターを弾いている。



頭の禿げ上がった初老の彼は、、、あの時とは別人のようだ。



そして、それを見ている私もまた、ヒゲに白髪の混じった中年になっている。




あのベイクドポテトの夜から数年後、、、自分のスタジオ 「Room 335」 で銃弾を受け、一時声帯の機能を失いながらも、驚異的なリハビリを経て復活したらしい。



その他、セッションを組んだミュージシャンとの音楽観の違い。



プロデューサーとの契約等の問題。



紆余曲折を経て、、、彼の音楽も、また大きく変っている。





つまり人間というものは、そういうものなのだろう。



赤ん坊がオギャーと生まれてから、段々と立ち上がり、歩きだし、そして話し出す。



身体が大きくなり、声が変り、ヒゲが生え、、、、そして成人してからは、やがて髪が白くなり、目が見えにくくなり、、腰が曲がってゆく。



この間、それぞれに色々なことがあり、、、身体の変化とともに、物の感じ方も変ってゆく。



「表現したいもの」 も 「感じるもの」 も、変ってゆくのは自然なことなのだ。




彼がギターを通して表現していた、若い頃の 「ラリー カールトン」



それを聴いて、感動していた高校生の私。



「変化」 を感じたベイクドポテトでのライブ。



そして、大きく変った今。



時間は、、、互いに同じだけ流れている。




時間の経過と共に、自然と変ってゆくもの。



そして、新たに見えてくるものがある。



懐メロを聴いて面白がっている小学生の娘にも、いずれ解る時がくるのだろう。



何故かちょっと淋しく思いながら、、、私は、パソコンの画面を消した。






(完)


posted by Masa’s Pastime at 15:18 | Comment(0) | 新着情報
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