Masa’s Pastime

2012年06月24日

「紙芝居屋のおじさん」

今朝、納豆をかき回しながら朝刊を読んでいると、ちょっと風変わりな 「産業スパイ」 のニュースが目に入った。



既に読んだ方も多いと思うが、、、何でも、韓国の大手鉄鋼メーカーの社員が、自社の鋼板製造技術を中国のメーカーに漏らし、訴えられたらしい。




困ったことだが、それだけならよくある話し。



しかし、この容疑者は取り調べに対し 「その製造技術は元々うちが新日鉄から盗んだものなのだから、会社に訴えられる謂れはない」 と主張している、という。



事実、この特殊な鋼板製造技術は元々「新日鉄」 のものだったのだが、、、いつしか産業スパイによって韓国のメーカーに伝わり、その後別の産業スパイであるこの容疑者によって中国の鋼板メーカーに持ち出された、ということになる。



つまり、この容疑者からすると 「泥棒に泥棒呼ばわりされる憶えはない」 という訳だ。 




確かに 「一理」 はある。



これを時計屋の話しに例えると、、、「盗んできた時計が盗られた」 と言って、最初の泥棒が別の泥棒に対して訴えを起こすのと同じになる。



いずれにしても、部外者からすると何ともバカバカしい話しのようだが、、、「真の被害者」 である新日鉄にとっては、極めて重大な話しだ。



なにしろ新日鉄の談話によると、、、この10年ほど、件の韓国、中国の競合メーカーの鋼板製造技術がありえないほどの進歩を遂げ、不思議に思っていたところだった、というのだから。




「産業スパイ」 というと、昨今ではもっぱら 「IT」 関連の業界でよく取り沙汰されるが、この業界の場合、技術の進歩・革新、それから市場での流行のスピードが早すぎて、、、、盗んだ方も盗まれた方もそのノウハウはすぐに廃れてしまう。



だから、訴訟が起こされるのは稀なようだ。



これに対して、、「流行」 に無縁な鉄鋼業界の方は、一旦革新的な技術の開発に成功すれば、その恩恵はかなり長続きする筈のものであるから、、、、盗まれたことによる損害は非常に大きい、という訳だ。



確か新日鉄では 「一千億円」 の損害賠償を求める、ということだったが、、、この裁判の行方は新日鉄にとってのみならず、 「技術が命」 の日本の産業界全体にとって、注目のものになるようだ。




ご存知の通り、世の中には 「目に見えるもの」 と 「見えないもの」 がある。



目に見えるものは、、、お金や金塊、土地や建物、その他時計や宝石、身の回りのもの全て。



人様の持っているこれらを無断で拝借すれば、たちどころに 「御用」 となることは、子供でも知っている。



これが 「目に見えないもの」 だとどうか?



目に見えないものは、、、知識や技術。



分りやすいところで、医師や弁護士の知識や技術、、、教師に学者や研究者、作家、占い師も同様。



それから、お茶の間でお馴染みの歌手や漫才師、アナウンサーやスポーツ選手なども技術師と言えるし、先述した 「特殊な鋼板技術」 も、目には見えない技術そのものだ。  




「目に見えないもの」 は、注意が必要。



例えば、私がある弁護士の事務所を訪ね、一時間もの間、法律に関して 「自分の知らないこと」 を聞きまくった挙句 「どうもありがとうございました」 と立ち去れば、、、これは 「無銭飲食」 に等しい。



間違いなく等しいのだが、、、目に見えないものだけに、何故か 「蕎麦屋で掛け蕎麦を食べて金を払わずに立ち去る」 よりは罪が軽いような 「錯覚」 に陥ってしまう。



実際、そんなことは身の回りに溢れていると思う。





話しは逸れるが、いつだか長女に聞かれたことがあった。



「父ちゃん、紙芝居屋さんって知ってる?」



「ああ、知ってるよ。 父ちゃんが子供の頃にはもういなかったけど、、、その少し前まではあったんだ。」



「今日、学校で先生に聞いたんだ。 屋台みたいのでやってきて、紙芝居を見せてくれるんでしょ。」



「うん、そうだよ。 それで、お菓子とか飴とかも売ってるんだ」



「へー。なんでお菓子とかも売ってんの?」



「何でかって言うと、紙芝居はタダだから、、。」



「???分んない、、。」



「子供達に紙芝居を見せても、おじさんはお金を下さい、って言わないんだ。 だけどおじさんも仕事でやっている以上、本当はタダじゃ困る。 だから紙芝居でお金を取らなくても、その分お菓子や飴を買ってもらってお金を集めるようにしてるんだ。」



「ふーん、そうなんだ。 紙芝居屋さんて、いい人なのかと思ったのに、、。」



「いい人だよ。 子供達が喜ぶように頑張ってるんだから。」



「でも本当はお金が目的なんでしょ?」



「いいか。 目的がお金であってもそうでなくても、、仕事をする以上、お金は絶対に必要なんだ。 父ちゃんが紙芝居屋さんだったとして、何もお金を集めないで帰って来たらどうなると思う? MKもMMもご飯を食べられなくなっちゃうし、学校にも行けなくなっちゃうだろ?」



「そっかー。 それはイヤだ。」



「だろ? 父ちゃんだって時計を直せばお金を貰うし、学校の先生だってそうだし、仕事をしたらお金を貰うのは皆同じで、悪いことなんかじゃないんだ。 嘘を付いて人を騙したりしない限りはな。」



「それは分った。 でも、、、紙芝居を見ても、お菓子を買わなかったらどうするの?」




おっ、いよいよ来たな、と私は思った。



そこが一番肝心のところなのだ。




「一度や二度はそれでもいいんだ。 本当にお金を持っていない子もいるんだし。」



「ずーっといつもだったら? 」



「そんな時は、きっとその子のお母さんやお兄ちゃんお姉ちゃんが教えてくれるよ。 たまにはお菓子買わなきゃいけないよ。 おじさん、一生懸命紙芝居してくれてるんだから、ってな。」



「ふーん。 それなら大丈夫だね。」



まだ小学校低学年だった長女が本当に分ったのかどうかは定かでなかったが、、、今はこんなところでいいかな、と私は思った。




しかし考えてみれば、、、、読み聞かせ、という 「目に見えないもの」 を、お菓子や飴という 「目に見えるもの」 に置き換えるこの 「紙芝居屋」 という商売は、、、実にうまく出来た教育プログラムと言える。



世の中に出たばかりで、難しい社会の慣わしを完全に理解するには早い子供達にとって、、、大人になるまでの 「補助付きの自転車」 のような働きをしていたのではないか。




話しは戻って、件の 「特殊鋼板技術」



その開発には、大変な努力、時間、そしてお金が必要だったはずだ。



「目に見えない」 こういう 「知的財産」 を、平気で盗み出し、真似をする。



そういうことが横行している社会において、今最も必要なのは、、、子供だけではなく、大人の教育・啓蒙だろう。




「目に見えないものは、タダじゃないんだよ」



ずっと昔に、、、紙芝居屋のおじさんがそう教えていたように。 



posted by Masa’s Pastime at 19:15 | Comment(0) | 新着情報
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