先週仕上げた2つの懐中時計が、引き出しの中で 「精度」 を張り合っている。
両方とも、19世紀初頭のイギリス製。
見た目にも非常に似通ったもので、いずれも 「クロノメーター」 と呼ばれる、高精度型の懐中時計だ。
念のために説明すると、、、、ここで言う 「クロノメーターの時計」 は、一般に言う 「ロレックスのクロノメーター」 とか 「オメガのクロノメーター」 などとは根本的に違うもの。
後者は、「スイスクロノメーター検定協会の設定する基準の精度を有し、認定を受けた時計」 という意味で、通常ムーブメントの構造は 「一般的なアンクル式」 だ。
ちなみにその基準を簡単に書くと、「15日間連続のテストにおいて、5姿勢(異なる時計の向き)、3通りの設定温度下で、日差-4秒(遅れ)〜+6秒(進み)の範囲に入る」 というもの。
言い換えれば 「プラス・マイナス合計で1日に最大10秒近くの誤差」 がある時計も認定される、ということになる。
これだと、100年以上経ったアンティークウォッチでも高精度型のものをレストア・調整すれば充分クリアしてしまうし、、、通常検定に出す時計が 「全くの新品」 であることを考えると、ハッキリ言ってかなり緩い基準だ。
これに対し、前者の懐中時計は 「クロノメーター脱進機」 と呼ばれる全く別構造のムーブメントを搭載したもので、協会の認定云々とは無関係。
しかし、その構造上 「アンクル式」 の時計よりも遥かにシビアーな部品精度が必要な、「本当の意味でのクロノメーター」 なのだ。
18世紀、大航海時代のイギリスにおいて、、、、議会の大きな悩みの種は、航海における船の 「航行精度」 だった。
携帯電話にまで 「GPS」 が搭載される現代では考えられないことだが、当時は 「天測」 によって海上の自船の位置を測って航海していて、、、、これには 「正確な時間・正確な時計」 が不可欠になる。
そんな訳で、、、イギリス議会は1714年に 「5ヶ月で1分以内の精度の時計を作った者」 に対して 「2万ポンドの賞金を与える」 と発表し、「高精度な時計」 の開発を後押しした。
ここに、ヨークシャー州出身の 「ジョン・ハリソン」 が登場し、いくつかの時計を製作。
庶民の出身ということで賞金の一部しか受け取れない等の紆余曲折がありながら、、、、1773年、遂に賞金の全てを受け取ることになったのだが、その時の実験における彼の時計の精度は、「日差1/14秒」!!
何とも 「凄まじい精度」 を達成していたことになる。
これより9年ほど後の1782年、イギリスの 「John Arnold」 と 「Thomas Earnshaw」 によって発明された 「ディテント クロノメーター」 により、クロノメーターは徐々に製造が本格化してゆく。
今、私の引き出しの中で 「精度競争」 をしている2つも、それから間もない頃に作られたものだ。
「ジャッ、ジャッ、ジャッ」
一般の機械式時計とは明らかに異なる 「クロノメーター」 独特の振動。
0.4秒毎にステップする、秒針の刻み。
今朝、電波時計に合わせた秒針が、、、10時間後の今なお、2つともピタリと揃って動いている。
「俺はまだまだ老いぼれてないぞ!」
「こっちもまだまだ若いものには負けんよ!」
同じ引き出しの中、、、100歳も年の離れた 「若いアンティーク時計達」 の中に混じって大健闘。
「2つ合わせて400歳」 にもなる時計達は、、、そんな風に張り合っているように見えるのだ。