今年も 「花見」 の誘いのメールが来た。
毎年この時期、高校3年当時の同級生が恒例にしているものだ。
昼間、井の頭公園で集まって花見をやり、その後近くの居酒屋などで2次会、そしてカラオケでの3次会、という流れ。
残念ながら、私はほとんど参加出来ない。
さすがにそのために週末に店を早退するわけにもいかなくて、去年は 「3次会から合流」 を試みるも、、、結局、間に合わなかった。
その前年は、なんとか指定されたカラオケボックスに飛び込んだが、残っていた数人の仲間は昼間からの長丁場にヘロヘロで、、、歌の合間に隣の男と素早く近況などを話すうち 「お開き」 になってしまったのだ。
そもそも私は 「花見」 が好きではない。
理由はいくつかある。
まずは、その姿勢。
普通花見では、地べたに敷いたブルーシートやマットの上に座ることになるが、、、あぐらの苦手な私は、その姿勢ではちょっともリラックス出来ないのだ。
次に、花粉。
花見の時期は 「花粉症」 の時期と思いっきり重なるし、、、更に、飲酒が症状をより悪化させる。
くしゃみを連発した挙句、いい歳をした 「ハナ垂れ小僧」 のようになって 「それでだー、ごごんどごろじごどがいぞがじぐでだー(それでなー、ここんところ仕事が忙しくてなーの意)」 と、鬱陶しいこと甚だしい。
よって、仲間とワイワイやるのは人一倍好きな私が、、、花見だけは、どうにも腰が重くなってしまうのだ。
でも、桜の花は大好きだ。
パーっと咲いたと思ったら、ハラハラと散って、、、潔ぎ良い。
寒くて暗い冬の終わり。
そして、暖かな季節の到来の象徴だから。
今朝、ノソノソと居間に行くと、、、窓の外は 「花曇り」 の風景だった。
遅刻寸前の子供たちをカミさんが送りに出ると、静まり返った居間は絶好の花見台に。
お茶を飲みながらゆっくり新聞に目を通し、時折チラチラと窓の外を眺める。
団地の居間からでも 「花見」 は出来たのだ。
毎年この時期、高校3年当時の同級生が恒例にしているものだ。
昼間、井の頭公園で集まって花見をやり、その後近くの居酒屋などで2次会、そしてカラオケでの3次会、という流れ。
残念ながら、私はほとんど参加出来ない。
さすがにそのために週末に店を早退するわけにもいかなくて、去年は 「3次会から合流」 を試みるも、、、結局、間に合わなかった。
その前年は、なんとか指定されたカラオケボックスに飛び込んだが、残っていた数人の仲間は昼間からの長丁場にヘロヘロで、、、歌の合間に隣の男と素早く近況などを話すうち 「お開き」 になってしまったのだ。
そもそも私は 「花見」 が好きではない。
理由はいくつかある。
まずは、その姿勢。
普通花見では、地べたに敷いたブルーシートやマットの上に座ることになるが、、、あぐらの苦手な私は、その姿勢ではちょっともリラックス出来ないのだ。
次に、花粉。
花見の時期は 「花粉症」 の時期と思いっきり重なるし、、、更に、飲酒が症状をより悪化させる。
くしゃみを連発した挙句、いい歳をした 「ハナ垂れ小僧」 のようになって 「それでだー、ごごんどごろじごどがいぞがじぐでだー(それでなー、ここんところ仕事が忙しくてなーの意)」 と、鬱陶しいこと甚だしい。
よって、仲間とワイワイやるのは人一倍好きな私が、、、花見だけは、どうにも腰が重くなってしまうのだ。
でも、桜の花は大好きだ。
パーっと咲いたと思ったら、ハラハラと散って、、、潔ぎ良い。
寒くて暗い冬の終わり。
そして、暖かな季節の到来の象徴だから。
今朝、ノソノソと居間に行くと、、、窓の外は 「花曇り」 の風景だった。
遅刻寸前の子供たちをカミさんが送りに出ると、静まり返った居間は絶好の花見台に。
お茶を飲みながらゆっくり新聞に目を通し、時折チラチラと窓の外を眺める。
団地の居間からでも 「花見」 は出来たのだ。