このところ、フュジーの付いた時計の修理が続いている。
「アンティークウォッチファン」 でない方のためにもう少し砕いて言えば、、、鎖引きの時計、、、いや、チェーンドライブの時計、、、ウーン、、どうやっても解り易くならない。
それでも敢えて説明すると、、、「巻き上げたゼンマイの力を歯車に均等に伝えるため、自転車の変速機のようなギアーのようなもの(フュジー)を使っている時計」 か、、。
この 「チェーン駆動の時計」 は、おおよそ17世紀末頃から出現するが、、、20世紀初頭には船舶用の一部時計を除いて姿を消す。
ちなみに 「フュジー」 自体はこれよりもっと前から使用されていたようだが、、、その頃駆動に使われていたのは 「チェーン」 ではなくて、俗に言う 「キャットガット(猫の腸)」 なのだ。
「えーっ、猫の腸?! 可哀想!」 と驚くなかれ。
実際に使われていたのは、もっぱら 「羊の腸」 だったようだ。
まあ、猫でも羊でも可哀想なのは一緒だが、それは置いておいて、、、今日は、このチェーンの話し。
拡大して良く見ると、まさに自転車のと同じ 「チェーン」 そのものだが、、、、極めて細い。
爪楊枝と並べて写真を撮ってみたから、ご参考下さい。
一つ一つのコマは 「猿の目の周り」 のような、というか 「ひょうたん」 のような形をしていて、、、それぞれに穴が開けられ、リベットで留められている。
ちなみにその材質は、、、チェーン本体、リベットともに 「鋼」 で、必要な強度を持たせるために 「焼き入れ・焼き戻し」 を施してある。
そしてそれぞれの端っこには、ちょっと形状の違った 「フック」 が付いているのだ。
さてさて、、アンティークウォッチ修復の現場では、しばしばこの 「フック」 や 「コマ」 がダメになっているものに出くわすのだが、、、、その場合、「フックを一つ」 もしくは 「コマを一つ下さい」 などと材料屋に電話すると、翌日には店に送られてくる、なんて訳はなく、、、全て自力で作るしかないのだ。
もっともアンティークウォッチのパーツに関しては大半に同じことが言えるのだが、、、正直、コイツはその中でも特に 「面倒臭い」 仕事。
何年やっていても、、、いや、何年もやっているから余計なのかもしれないが、溜息が出る。
コマを例にとると、、、まず最初に、焼きの入っていない 「生の鋼の板」 からコマの形を削り出す。
他のコマと揃った大きさ、厚さ、形にひたすら 「コリコリ、コリコリ」
出来上がったら、繋ぐ相手とちょうどいいサイズの穴を開けるのだが、、、こんなサイズのドリルは市販されていないし、開ける穴のサイズは厳密には毎回違う。
だから多くの場合、その都度ドリルも作ることになるのだ。
無事 「穴開け」 が済んだら、今度は熱処理。
この段階までは、削ったり穴を開けたりし易いように 「生の鋼」 を使っていた訳だが、、このままでは柔らかくて使い物にならない。
ということで、一旦真っ赤にしてから 「焼き入れ」 し、その後、再び一定温度まで熱を加え 「焼き戻し」 する。
焼き入れによってガラスのようにカチカチに硬くなった鋼は簡単に折れたり砕けたりするが、焼き戻しすることによって 「硬いが粘りもある」 ものに生まれ変わるのだ。
ここまで来たら、あとはリベット留めして磨くだけ。
そう 「留めて磨くだけ」 なのだが、、、、これがまた面倒。
何故なら、旋盤で削り出したリベットの平均的なサイズは、、、長さが 「指紋と指紋の間」 くらいのものになるから。
(※ご興味のある方は弊社ホームページフュジーチェーンつなぎ ご覧下さい。)
http://www.antique-pastime.com/repair/example/1/19.html
「太さ」 じゃないですよ。 「長さ」 なんですから、、。
ちょっとでも短ければリベットできないし、少しでも長いとリ叩いたベットが曲がってまともにかしまらない。
いい加減に見えて、この部分は、かなり大事。
少々長目だけどいいっかー 「エーイ」 などとやると、、、せっかく作ったコマまでひしゃげてパーになり「全部やり直し」 の憂き目に、、。
と、まあ折角いただく仕事に対して 「面倒」 などとは失礼千万、ありがたく修繕させていただかなければいけない、、、とちょっと反省。
考えてみれば、こんな私の面倒など、、、、チェーンを作った人間の苦労に較べれば、屁でもないのだ。
当時の専門職には 「コマ抜き」 という手動のプレス機があったようだが、、、それにしても、それにしてもである。
チェーンには色々な長さや太さのものがあるが、いずれにしても平均的に130〜140くらいのコマが繋がっているのだ。
この全てに丁寧に穴を開け、熱処理を施し、繋ぎ、研磨を掛け、全てのコマがバラバラに独立してスムーズに動くように仕上げるとなると、、、、「想像を絶する面倒臭さ」 ではないか!
現在もてはやされている 「放電加工」 どころか、「電気」 そのものすら生活の中に取り入れられていなかった時代の職人たちの苦労、そして根気。
「チェーンドライブの時計」 を分解するたび、、、つくづく 「偉いなぁ」 と感心するのだ。